
![[画像]外観完成予想図](../images/concept/ph_01.gif)
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緑豊かな丘がゆったりと重なり、美しく壮大な風景を描く千里。 その広大な丘陵地を舞台に、1958年(昭和33年)、千里ニュータウンの建設がはじまりました。街づくりの思想は、健康で文化的な暮らしを育む住宅都市。甲子園球場300個分に相当する約1,160ha、計画人口15万人の壮大な計画がスタートしたのです。
以来、半世紀の時を経ていまなおニュータウンであり続ける千里。その名の由来には諸説ありますが、丘陵地が広大だったことから千里(せんり)という説と、小さな里が集まってできたことから千里(ちさと)という説があるといわれています。いずれにしても歴史は古く、千里最古の円照寺の寺伝には、嵯峨天皇(809~823年)が豊かな丘陵を「千里」という言葉のイメージに重ね合わせて呼んだともあります。

千里ニュータウンとしては街びらきから50年ほどに過ぎませんが、千里には千年を超える歩みがあるといっても過言ではありません。
ところで、新しい住宅都市の候補地には、千里丘陵のほかに生駒山麓、枚方、泉南、泉北などもありました。
しかし、大阪都心から約10kmという程よい距離や、他の候補地と比べて鉄道などの交通の便に恵まれていたこと、さらに、将来的にも名神高速道路などの都市軸、国土軸の整備が計画されていたことも大きなポイントとなりました。
千里ニュータウンは日本のニュータウンのお手本として、家族とのふれあい、こころのゆとりを育む街づくりが推進されてきたのです。

良質な集合住宅や戸建住宅を中心に、商業・公共施設を集積した近隣センター、小学校、公園をゆったり配置した住宅都市スタイルは、日本中から注目を集めてきました。そして、今もなお豊かな文化と環境が息づく街として多くの人の憧れとなっています。
「ジオ千里竹見台」が誕生する竹見台もまた、豊かに木々が育つ良質な住宅地であり、幹線道路から一歩奥まっているので穏やかな雰囲気も漂っているほか、高台ならではの開放感を享受できます。
得がたい立地特性を誇る、まだ残されていた千里。駅からわずか徒歩3分の豊かさにつつまれたヒルトップでは、プレミアムな日常が描かれていきます。

![[画像]外観完成予想図](../images/concept/ph_02.gif)
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半世紀という時に育まれてきた成熟の千里ニュータウン。緑豊かな並木道をはじめ、閑静な景観や美しい街並みに品格が感じられます。ここに描かれるべきデザインコンセプトは、千里の稀有な丘陵地に誕生するランドマークとして、次世代へと継承されるフォーマルとナチュラルの融合による景観美。ファサード全体には重厚感だけでなく、エッジの効いたスカイラインによる景観との調和も追求しています。しかも、時を経てなお輝きを増す集合邸宅を創出するために、素材のひとつひとつに、あるいは細部の意匠にも徹底的にこだわりを反映しています。
外観デザインは基壇部にタイル、中層部から上層部へとガラス面を多用することで、グラデーションで変化をつけた三層構成としました。メインファサードには上質感漂うせっ器質のボーダータイルを、側面や共用廊下側には淡い色調の45二丁タイルを採用しています。また、白い縦のマリオンによる分節と、ダークブラウンのアクセント柱やガラス手摺を融合させることで、品格ある壮麗な佇まいを形成しています。


ニュータウンの代名詞として、今なお多くの憧憬を集める千里ニュータウン。
中でも竹見台周辺は交通インフラや便利な都市機能が整っている一方、竹林や街路樹が豊かな風景を描いているなど。まさに理想の住環境を有しています。
私たちはこの都市と自然、そしてここに暮らす人の「間」を結ぶために、技術の粋を集めた格調高い邸宅型集合住宅の創出をめざしています。
建築コンセプトは、この地の記憶、住宅街の系譜を継承しながら、次世代へと贈る「杜の邸宅」。
丘陵地の静穏な景観に呼応する「杜の邸宅」では、真の豊かさを身につけた格別の人生が描かれていきます。

建築デザイン 浅井謙建築研究所株式会社
浅井 謙
新日本建築家協会会員 日本建築学会会員 大阪府建築士会会員 大阪建築設計監理協会会員[受賞]日本建築士会連合会賞、照明学会・照明普及会 照明普及賞・優秀照明施設賞、住宅金融公庫大阪支店KANSAI優良団地賞、2007年グッドデザイン賞など

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